2011年04月05日
台湾旅行 - 観光編
台湾旅行に来て極楽マッサージと美食だけではさすがにもったいないだろう… ってことで、ちゃんと観光にも行ってきた。後編ではそれを綴ろう。
九イ分
台北の郊外、車で1時間ちょい走った所にある有名な観光ポイント。何故有名になったかというと、宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」の舞台になった場所だ。
ホント、映画にそっくりな風景だった。こんな所が舞台になったとはねぇ。。。多分、夕方~夜にかけてくると、提灯に明かりが灯ってもっと幻想的な雰囲気になるんだと思う。
この長い階段を横断する形で、長~い路が続き、所狭しと土産物屋が並んでいる。この辺は、ゴチャゴチャした中国の雰囲気を醸し出していた。
Iさんご説明によると、「元はこの街は金鉱山として栄えた街で、その前には9軒しか家がなかったので九イ分という地名になった。その後、千と千尋…で更に有名になった」とのこと。多くの観光客で賑わっていらのも頷ける。。。ここは結構見応えあって面白いから是非行って欲しい。
逆に上から見た景色。個人的には、メキシコのTaxcoという、やはり銀鉱山で栄えた田舎町を思い出した。ちょっとガスってて見難いが、山の向こうに見える海は"Keelung"という港街があり、ここは日本が作った港を今でも利用しているらしい。
左の写真は“臭豆腐”というモノ。読んで字の如く、もの凄く強烈なニオイを発していて、正直臭い。多分発酵させているんだろう。土産物屋が並ぶ路の至る所で売られていた。ちょっと臭過ぎ… もちろん、食べられなかった。
右の写真は、“豚足ラーメン”。豚の足が結構生々しく盛り付けてある。麺はソーメンに近く、スープは入ってない。ちなみに、こちらは食べました。。。
台北市内観光
まず最初に行ったのが「中正記念堂」。まるで北朝鮮の金正日みたいに(?)、台湾興国の祖=蒋介石を祭っていた。ここを守る衛兵が時間制で交代をするのだが、その衛兵交代は観光名物の一つ。瞬き一つせず微動だにせず立つ姿は、強靭な精神力を感じた。ちなみに、台湾にも徴兵制度があるとのこと。敵国は、言うまでもがな、中国だ。
次に訪れたのが、「金門寺」という寺院。私達が訪れたタイミングは、ちょうど台湾では土-火まで4連休とのことで、月曜は「墓参り休日」、火曜は「子供の日休日」とのことだった。そのせいもあろうか、お寺には多くのお供え物と線香を片手にご先祖様を(?)お祈りする人でごった返していた。
そこで、たまたま日本語をしゃべる地元のおじいさんと出会い、懐かしい剣玉をやっていて、子供二人がやったことない剣玉に夢中になった。親日国の台湾では、日本語を喋れる人が大勢いる。多分英語よりも通じるんじゃないだろうかぁ… お年寄りは日本の占領時代に、若い世代はカルチャー的に。いずれにしても、これだけ日本語が通じることに驚いた。
次いで行ったのは「台北101」というタワー。熊谷組が建設したらしく、高さ500mある。多分ちょっと前まで世界一の高さを誇ってたんだろう。が、、、急に曇り出してきて、我々が上まで登ったら何にも見えなくなっていた。何だよぉ~、金返せ!!って感じ。ホント、何も見えなかった。。。
翌日の最終日に「故宮」という博物館へ行った。ここには色んな展示物があるのだが、これら全部 蒋介石が中国本土から逃げてくる際に全部持ってきたモノだとか… 人といい物といい、全部持ってきたんだなぁ。。。カメラ禁止で中の写真は全然撮れなかった。2時間程度でサラ~と見れるので、時間がある人は是非行ってみて欲しい。
今回、I家には本当にお世話になった。I家が居なければ、ここまで効率良く・深く台北を堪能することは出来なかったのは言うまでもない。子供同士も久しぶりの再会をして、楽しそうに遊ぶ姿は、まるで兄弟のようだった。
駐在中に知り合った人とはどこかで繋がっており、そういうご縁は今後も是非大切にして行きたい。また今度、ウチがどこかに赴任した際は是非遊びに来て下さい、Iさんファミリー。
九イ分
台北の郊外、車で1時間ちょい走った所にある有名な観光ポイント。何故有名になったかというと、宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」の舞台になった場所だ。
ホント、映画にそっくりな風景だった。こんな所が舞台になったとはねぇ。。。多分、夕方~夜にかけてくると、提灯に明かりが灯ってもっと幻想的な雰囲気になるんだと思う。
この長い階段を横断する形で、長~い路が続き、所狭しと土産物屋が並んでいる。この辺は、ゴチャゴチャした中国の雰囲気を醸し出していた。
Iさんご説明によると、「元はこの街は金鉱山として栄えた街で、その前には9軒しか家がなかったので九イ分という地名になった。その後、千と千尋…で更に有名になった」とのこと。多くの観光客で賑わっていらのも頷ける。。。ここは結構見応えあって面白いから是非行って欲しい。
逆に上から見た景色。個人的には、メキシコのTaxcoという、やはり銀鉱山で栄えた田舎町を思い出した。ちょっとガスってて見難いが、山の向こうに見える海は"Keelung"という港街があり、ここは日本が作った港を今でも利用しているらしい。
左の写真は“臭豆腐”というモノ。読んで字の如く、もの凄く強烈なニオイを発していて、正直臭い。多分発酵させているんだろう。土産物屋が並ぶ路の至る所で売られていた。ちょっと臭過ぎ… もちろん、食べられなかった。
右の写真は、“豚足ラーメン”。豚の足が結構生々しく盛り付けてある。麺はソーメンに近く、スープは入ってない。ちなみに、こちらは食べました。。。
台北市内観光
まず最初に行ったのが「中正記念堂」。まるで北朝鮮の金正日みたいに(?)、台湾興国の祖=蒋介石を祭っていた。ここを守る衛兵が時間制で交代をするのだが、その衛兵交代は観光名物の一つ。瞬き一つせず微動だにせず立つ姿は、強靭な精神力を感じた。ちなみに、台湾にも徴兵制度があるとのこと。敵国は、言うまでもがな、中国だ。
次に訪れたのが、「金門寺」という寺院。私達が訪れたタイミングは、ちょうど台湾では土-火まで4連休とのことで、月曜は「墓参り休日」、火曜は「子供の日休日」とのことだった。そのせいもあろうか、お寺には多くのお供え物と線香を片手にご先祖様を(?)お祈りする人でごった返していた。
そこで、たまたま日本語をしゃべる地元のおじいさんと出会い、懐かしい剣玉をやっていて、子供二人がやったことない剣玉に夢中になった。親日国の台湾では、日本語を喋れる人が大勢いる。多分英語よりも通じるんじゃないだろうかぁ… お年寄りは日本の占領時代に、若い世代はカルチャー的に。いずれにしても、これだけ日本語が通じることに驚いた。
次いで行ったのは「台北101」というタワー。熊谷組が建設したらしく、高さ500mある。多分ちょっと前まで世界一の高さを誇ってたんだろう。が、、、急に曇り出してきて、我々が上まで登ったら何にも見えなくなっていた。何だよぉ~、金返せ!!って感じ。ホント、何も見えなかった。。。
翌日の最終日に「故宮」という博物館へ行った。ここには色んな展示物があるのだが、これら全部 蒋介石が中国本土から逃げてくる際に全部持ってきたモノだとか… 人といい物といい、全部持ってきたんだなぁ。。。カメラ禁止で中の写真は全然撮れなかった。2時間程度でサラ~と見れるので、時間がある人は是非行ってみて欲しい。
今回、I家には本当にお世話になった。I家が居なければ、ここまで効率良く・深く台北を堪能することは出来なかったのは言うまでもない。子供同士も久しぶりの再会をして、楽しそうに遊ぶ姿は、まるで兄弟のようだった。
駐在中に知り合った人とはどこかで繋がっており、そういうご縁は今後も是非大切にして行きたい。また今度、ウチがどこかに赴任した際は是非遊びに来て下さい、Iさんファミリー。
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